特撰こだわりブログ
MyPlace
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自分解説
ぼくのブログのタイトルは「MyPlace」という。
といっても、ぼくの好きな場所をたくさん集めようというのではない。
ブログのトップページを開くとタイトルのすぐ下に、つぎのような説明を書いてある。
あらゆる場所が、その一部は君のものだ。
もちろんきみの庭、隣の庭の花、前の道、歩く道ばたの樹も、行きつけの店もここは大部分がそうだが、そこは少しだけ、あそこはわずかにきみのものだ。
同じように、きみの玄関の木蔭も少しは通りがかりの人のものだ。
たがいにそう思って生活し、ひとにそれをうながすようないえを作ればだれもがもっと広くもっと気持ちよい場所をもつことができる。

個人や家族や国家を成りたたせるために法律などの制度があるけれど、それはしばしば排他的にならざるをえない。
ひととひとの権利の接するところにできる境界は一本の線になろうとするのだ。
だが、文化のレイアでは境界にも幅があって、縄張りには密度の濃淡がある。
文化は、ゆるやかな境界をもつのだ。
境界というものは、もともとそれ自体が魅力的なものだから、ふたつの領域のあいだを排除によって分かつのではなく幾重にもかさなる共有によって結ぶことができれば、人間の生活を豊かにするはずだ。
そういう場所をMyPlaceと呼ぼうというのだ。
ブログの仕組みはMyPlaceのありように似ている。
- 本文はだれでも読むことができるけれど手を加えることは書き手にしかできない
- コメント欄は、だれもが会話に加わることができ
- そしてトラックバックでは、遠く離れたたがいの場所を結ぶことができる
ブログMyPlaceのエントリーを振り返ってみると、植物や動物とこどもたちが多いことに気づいた。
かれらの自由なありかたは、制度がつくる境界をときにやすやすと飛び越える。
ぼくが、こどもたちや動植物をエントリーするのは、かれらが大好きだからではあるけれど、自在な動きかたに心を動かされるからなのだろう。
また、ぼくが好ましく思う住宅や建築、まちや土木構築物は、ひとにゆるやかな越境をそそのかし、彼らをうけいれるものなのだ。
そこで、ぼくは「越境」というカテゴリーをひとつ加えて、ここで取り上げることにした。
これまでのエントリーから
*ゲリラガーデニング
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000485.html
*「住む。」春号:「ひと と いえと まち と」
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000465.html
*ラオスの路上で乾杯
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000449.html
*やせがえる
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000403.html
*ヤマカガシ(じつはアオダイショウの幼蛇)
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000384.html
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000331.html
*DAY INNHOTELの人なつっこい犬
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000201.html
*彼岸花:両義的な偏屈
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000198.html
*漂泊のブロガー
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000069.html
*アメリカ再読
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000058.html
*カフェ杏奴:こだわりのないということ
http://myplace.mond.jp/myplace/archives/000055.html







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