住まいを予防医学する本
「住まいを予防医学する本」を読んで
- 小
- 中
- 大
この本について、各界のいろいろな方から、いろいろな感想が寄せられています。“ええっ、そんな読み方もあるんだ!”という感想もあります。
本は出版されると、人の中を生きるものですね。
わたしはこう読んだ、ここに注目した。
「生」の住宅。東京は今日もこれが日本かと思うくらいにぎわっている。マンションなど住宅の売れ行きも順調であり、地価もかってのバブル期の最高値をあっさり越えた。私の家の近くで売られているマンションは平均8000万円であり、800戸もの高額物件があっという間に完売された。しかし、どう考えてもマンションはいろいろな意味で価値がない。コンクリート作りのマンションは、早ければ30年遅くとも50年で老朽化する。将来、老朽化した後800戸の人々をまとめて建て替えることはあらゆる意味で不可能だ。その間、マンション住民はライフサイクルに合わせて、家を修正していくということも内部改造はともかく、外部を含めたそれは出来ない。またその生活を見ると、所有者は近隣住民はもちろんマンション内部の人ともほとんど付き合わないという実に味気ないものだ。東京の繁栄もすべて地方のエネルギーを一方的に吸い上げた結果なのであろう。いってみればマンションは購入したその日から「死」に向かわざるを得ない商品なのである。私は長らくマンション建設紛争にかかわり近隣住民の日照・景観などの被害にあわせて、購入予定者に対しこの「死」の商品の実相を訴えてきた。だが飛ぶように売れるという一言に尽きるようにこのアピールはどこにも届かない。行政も、司法も、立法も、最近はマスコミも学者も誰も耳を傾けなくなっている。肝心の購入者もただ邪魔をするやつと見ているのだろう。ならばマンションに変わる新たなオルタナテブを示してどちらをとるか選択をせまる以外にない。そんな時、この本の「200年住宅」(なおその後福岡で建築家による「300年住宅」が出ている)のアピールに出会った。そこには使い捨て商品となったマンションに変わる、生産される住宅がある。生産の仕方と効用はあらゆる方面から分析され、土地の選び方、設計の仕方、建て方、そして当然のことだが、このような家での生き方も展開されていた。うれしいことに若いころ勉強したアレグザンダーの「パターン」も採用されていた。この住宅にはマンションの価値観とまったく正反対のものがこめられている。住宅は太陽が当たり、風が吹きぬけ、安心で長持ちするのが良い。夏は木陰で涼み、冬はそれぞれの地域にあるエネルギー源で暖をとる。パンフレットを見てただ買うよりは、土地を見て創るほうが楽しいのも無論である。何よりお世話になったすべての人々と一緒にこの人生を送って行けるというのがうれしい。ここには「死」とは反対の「生」がある。この方法が地方でのちょっとした動きにとどまるのか、東京まで上京してくるのか。私は運動論とともにこの「200年住宅」に期待しているのである。
なにか、ふしぎな本がとどいた。パラパラとやっていると植物図鑑だったり昆虫図鑑だったり風景写真だったり2色刷りのなかなかたのしいイラストがつづいていたり、ずいぶんみごたえのある人体解説図だったりする。これはなんだ? 改めて書名を見ると『住まいを予防医学する本』とある。よく見たらフンなるほど間取りの図や造園の図もあったけれど、一体ここの本はどういうネライでどういう売り方をするのだろうということが気になった。こちらは毎日毎晩そういう類いのことを考えて暮らしている人間である。売るのではなくて貸す本なんだそうですね! そういうアイディアも成り立つのだなとびっくり。床屋さん銀行やさん、お医者さんなんかで順番待ちのとき手にする本? いや工務店で──。この企画には驚きました。この本は、パラパラをつづけていると知らず知らずのうちに、住まいとはひとが自然と共生する知恵であると気付かせる本だと知りました。住むことの哲学本、ですね。
本が媒介になっての地域のネットワークに期待。小池さんから、この本の話を聞いて面白いと思ったのは貸本という仕組みを通じて地域の工務店と生活者の繋がりを持とういう仕組みでした。なんとなく、ハウスメーカーの展示場なら聞きたいことを聞いて、アンケートには出来るだけ答えないで帰ってくるというようなことも出来そうですが、やはり地元の工務店というのは敷居が高いというか入り難い。これまでも住宅本といわれる書籍は沢山出版されて本屋さんにも沢山置いてあるのですが、どれも決め手に欠けるというか、本によって書かれていることが全く違ったり、家を建てたいという人にとっては勉強すればするほど、わからなくなるような内容です。この本では多くの情報やきれいな写真だけでなく、工務店との関係づくりのツールとして良く考えられており機会があれば、この貸本による工務店と生活者の実際のつながり方や感想を聞いてみたいと思っています。
端的に言えば、何も言うことはありません、参りました、ということになる。
人間にとってまず大切なのは生存であり健康であるから、住まいをそれに適したものにすることは最大の目標であるのは言うまでもない。客観的事実で構成し、控えめだが明確に、誰にとっても分かり易く健康住宅の考え方が述べられている。本来の建築家、世間を煙にまくことなく世間を指導する立場にあるものの仕事である。異論があれば、堂々と明確に別の書物を著せばよいのだ。
日本らしい、今後の伝統を形成するような住まいの様式が求められている。100年近く、あるいはそれ以上の使用に耐える本物志向の住まい作りに本書が提案する住まいがつながってゆくことを切望する。そのため必要となる周辺の建材産業の協力と、技術をインテグレーションできる住宅技術者の養成のためにも、本書のような透明性の高い知識が明記された資料の役割は大きいと思う。
この黄色い本は「バウビオロギー」の良書である。
ヨーロッパでは、人間第一主義を背景に、健康問題が重視されています。食品が手始めに注目され、自然食品中心のスーパーやレストランが普及し、それを、追う形で、家具・子供用おもちゃ・子供服・一般成人用衣類が…と広がり住宅へたどり着きました。中に住む人のための住宅、住む人自身の健康、健全を一番のテーマにして取り組む建築方法がヨーロッパで進められているバウビオロギーです。この思想は、単に環境に配慮するだけでなく、家族や地球の健康、社会の将来にまで関心を持っているという点において「建築を予防医学する」手法と見ることができます。『住まいを予防医学する本』は、バウビオロギーの考え方を、やさしい言葉で伝える本です。バウビオロギーエコロジー建築の実現には住まい手と作り手の正しい理解が不可欠とされています。この本を共有する住まい手と作り手が、チームとして日本のバウビオロギーエコロジー建築をリードすると思います。
仕事に就いた頃、「畑」という字を使って、大先輩から指摘を受けたことがありました。「畑」は焼畑のことだと言うのです。今の、火を入れていない耕作地は、「畠」と書くのが正しいとか。今から思うと、その人は、実際に焼畑耕作を見たか、手伝ったかして、そんなこだわりを持っていたのでしょう。『住まいを予防医学する本』を、パラパラとめくりながら、ふと、こんなことを思い出していました。読み手の想像を呼び起こすといいますか、いつしか活字を追うのをやめて思いにふけっている。まあ、「居心地のよい本」とでもいうのでしょうか。なにか、食卓の近くに置いておきたいような本ですね。
環境省では住宅からの二酸化炭素の排出を減らそうと、あの手この手を考えている。けれども決定打は、施主さんの意志だ。住まい手は、地球生態系の善い一部となりたくて家を建てるのではない。やはり、住んで快適で楽しく暮らせること、それが一番だろう。そうした気持ちで家を作りながら、地球にも喜んでもらえる、そんな幸せな道があることを、この本は説得的に書いていると思いました。写真もきれいです。
夏を以て旨とすべしや頭寒足温といった昔からの家の大原則は本書に通底していて、衣食住のうち衣の項はないが、健康と家・地域・自然に関する百科全書の趣である。各項は楽しく作られ、文章は短く分かりやすい。本書を作った人の心の優しさが伝わってくる。人類学者は、先住民が天体の動きに従い自然と共生する生活をしていることや、精神の気高さに感銘を受ける。対するに最高度の文明を駆使する戦争こそ大悪であり、地球環境破壊の大元凶である。兵器に群がる商社やおねだり官僚夫妻は戦争に加担しているのであり、銃器を密売するヤクザと同罪である。全ての兵器製造を中止すれば飢えはなくなり地球は救われる、という声はたいへん弱い。ならば自らの生活の中に抵抗する素地を築きたい。ごみの分別にこだわり、マイ灰皿を携帯し、なるべく石油化学製品に頼らず、鍋を持って豆腐を買いに行く勇気を持つなどの生き方が、やがて反戦につながるなどと気楽に考える。
予防医学する……、ここに新しい視点がある。住まいを…… なる話し、書物はあまたあるが、住まいを予防医学しちゃうという話しは初耳ではないか。この本の編集者、そして著者である小池さんの面目躍如たる世界だ。氏の今までの活動、OMソーラーシステムを進め、フォルクスハウスなるシステムを進め、近くの山の木で家を作ることを進め、そしてそれら全てを、このテーマに収斂させたのだ。『住まいを予防医学する本』は、住まい手の健康を中心に据えた、住まいの本なのだ。
選ぶことこそ難しい。日本のリスク規制行政が「安全宣言」型だという。この本は、まさにそれと逆の「情報公開型」の重要性を説くもので、そのためには知るべき内容の多岐にわたることを自然と学んでいけるように作られています。
そもそも設計とは、選ぶこと。選択の判断は、形式や価格だけではなく、どのくらい健康に影響し、どのくらい安全に影響するかを自分なりに理解して、複数の候補の中から性能を比較して決断するということです。材料が工業製品だったりすると、ほとんど選択の余地がなく、大量生産品は比較的廉価ということもあって、本当の選択ができていないということも多いのが、今の住宅の材料選定ではないでしょうか。
私も、自宅の設計にあたり、あまり考えることなく材料を選んでしまったのではないかという思いを新たにしました。幸い化学物質汚染が顕在化することはありませんでしたが、原点に帰っての自然素材の選択という視点の大切さを今改めて感じています。同じ木材でも堅さや色合い、実に幅があります。市場の中で選択せざるを得ないという現実はありますが、何が自分の求める心地よさに一番なのかじっくり時間をかけて選ぶことの大切さを具体的に提示され、人と住宅の関わりを考えさせてもらいました。
この本を読んで一番興味があったのは健康のための26の法則だった。どうやってこれを選んでまとめたのか、それにこれを全部クリアーするには仙人の生活をするしかないような気がした。実際に僕ができているのは25の犬や猫と暮らす(猫だけだが)くらいで他はほとんどやっていない。東京を離れて暮らせと言われているように思えるがなかなかそうもいかない。ソーラーハウスとの関連でまとめているのでどうしてもカントリーライフが一番ということになるようだが都会に住む人のことをもう少し考えたストーリーにしてほしい。
身体の障害はほとんど都会生活から生じている成人病のことを扱っているので余計にそう感じる。もっとも高齢者対策の田舎生活をマーケットとしているのであれば、逆に地域医療ネットワークについてもふれて欲しいと思った。
この本を手にしたとき、この黄色いカバーは、実にインパクトがあり、住まいだけではなく、暮らし全般の緊急ブックのように書棚の中に置いても存在感を感じます。ページを開くとオムニバス映画のようにどこからでも鑑賞ができ、どこからでも知識を得ることができます。いつも傍らに置いて、ちょっとした時間に読み進めることができ、専門分野でない生活の知恵を学んでます。町の工務店は、住まいのドクターであり、本来は生活者と密着した関係でした。昨今では、テレビコマーシャルが進み、大手であることが信頼と勘違いされてきました。最近の社会情勢の変化で、裏に隠れていた「お金」優先の考えが、食品偽装や耐震偽装の問題から明らかになり、いかに「顔の見える関係」が大切であるかが明確化され、無添加、無農薬の食品のように、住宅にも同じような質と信頼関係が求められる時代になりました。これからは、大量に同じ住宅を生産する時代から、設計施工能力の質が高い、地域密着の工務店の時代の幕開けとなるでしょう。
黄色くて分厚い本は、表紙はシンプルだけど中身の濃さ、美しさには目を見張りました。写真やイラスト、精密な図版が多いせいで、自然にページをめくり、気がつくと最後まで。もちろん中身の文章も読みましたが、目的は、どこに何が書かれているかを確かめる作業です。それによって、住まい手の健康と、それに即して家をどう考え、どうつくるか、が大きな柱であることがわかりました。
自分自身も50歳を超え、体の調子を気にする年代になり、「変調と不調のシグナル、点灯していませんか?」の問いかけがまさしくストレートに響きます。そのページ付近は気持ちも入り込んで読んでいました。確かに「住まいと、住まい手の健康」をこのようにリアルに説明した本は、一家に一冊あっていい「家庭の医学」(我が家にもあります)のようなものではないでしょうか。力を入れている教育プログラムと同じ考え方なのか? と思ったからです。聞きなれないとは思いますが、欧米ではBuilding Pathology(建築病理学)という、既存建物に対し適切な補修方法や改修方法を提案する上で、重要な学問分野があります。私は、日本で充実していない建物改修技術への教育の必要性を痛感していて、私が教鞭をとる岐阜県立森林文化アカデミーで2006年度より「木造建築病理学」講座を実施するようになりました。建物を人間にたとえ、健康を害した建物を、その病が何なのかどう見極め、どのように治療するのか、その技術を学ぶものです。
この本の中身は、家の健康、家の病という実際的なものではなかったため、タイトルでの第一印象は、実は外れていました。いずれにしても、家も、人の寿命と同じだけ生きたいものです。そのためにはこの本が主張するようにしっかりとした家をつくるべきでしょう。また、家自体にとっても、病を直し、寿命を延ばす技術がこれから求められていくものだと思います。どこか相通じるものを感じる本だけに、読者の方にその点もメッセージとして送りたいと思います。
ソフト(生活)とハード(家)をつなぐ本。
家づくりと言うよりも、地球と生活と身体の健康について考えさせてくれる内容。
なぜ自然素材を使う方がいいのか?このごくあたりまえなことを問い直す事により自分なりの住まいへの判断基準を見いだします。
住宅をハードと考えて予備知識無くモデルハウスに家を「買い」にいく行為の対局にあるのがこの本です。
自然の家とはどんな家なの?自然素材という名の”製品”で健康的な生活ができるの?ごくごく当たり前な問いへのヒントがそこかしこにちりばめられていて、住まいの健康と身体の健康と心の健康の密接なつながりを表現しています。建材だけでなく風や空気、熱に水、土壌や野菜に至るまで言及する事ではじめて健康な生活、健康な住まいについて考えることができるのだと感じました。
人は1人では生きていけないこと、住まいは環境があってこそ成り立つことを伝えてくれる。住宅のガイドラインというよりは家づくりのこころを教えてくれる、そんな内容です。文学あり、化学データあり、植物図鑑あり、味噌の作り方から人体の解剖図まで多岐にわたるページが「住む」という行為がいかに多くの事と関係しているのかを表しています。
「自然=健康」という安直な発想がまかり通っている現状を見直し、自然を地球規模で俯瞰し、人体の臓器にまで目を向けてからもう一度健康に暮らすと言う意味を考える。住まいの本質に向き合うための物語が展開されていて家に求めるものが『幸せ』であるならこれは最低条件として持っていなけらばならない考えを集めた書だと思います。
真剣に勉強すると言うよりリビングなどに置いておき、パラパラめくりながら思いをめぐらせてほしい本です。
まず、建築業界に健康の視点から住まいを見ることをこんなに重視した方達がいらっしゃるということに驚きました。
現在、熊本市保健所は、4課体制で安全安心のための保健衛生と医療の推進のために、様々な施策を展開しています。中でも、住まいの衛生については、生活衛生課で、ご希望に応じて自宅を訪問し、機器を用いた空気環境測定、住まい方の聞き取り等から対策について助言する「住まいの健康快適度診断」を含む相談受付を行っており、特に建築に関する問題については、建築士の方や大学の先生にご意見を頂くこともあります。住まいの問題は、専門的な知識・技術を必要とする部分が大きく、住まい手だけで解決するには困難で、行政・医療・建築・研究機関等の連携と地域における身近なバックアップ体制が必要です。その意味でも、今後、皆さんのような活動が広がると共に、より住民の皆さんに喜ばれるものになることを期待しています。
※敬称略・肩書きは感想をいただいた当時のもの。




コメントはこちらから!