特集
愛媛県の女医さんが作った耳鼻科50音辞典
- 小
- 中
- 大
「びお」を編みながらいえることは、webとは不思議なもので、こんな人いたんだ、という発見がつぎつぎにあることです。膨大な『耳鼻科50音辞典』をまとめられた「あーやしゃん」も、その一人です。
一人の女性が思い立って、ここまで仕上げられたのは感動ものです。いろいろなイヤな話ばかりの世相ですが、ステキなこともあるのです。お説教するつもりはありませんが、ナイフを持つ少年に、絶望して投げやりになっている人に、こんなことをやった人がいるのだということを、知らせたいと思います。
この辞典は、webを通じて、どの家庭においても、手軽なパソコンさえあれば、ただちに開けます。耳、鼻で困ったことがあったら、この辞典を開きましょう。
そこで呼びかけたいことは、殊に町医者の方々に呼びかけたいことは、あーやしゃんに続いて、小児科、産婦人科、内科、外科、獣医さんなど、みんなでというのでなく、まず自分から一行でもいいから書き始め、それを投稿していただきたいことです。
タダの仕事で、ただただ恐縮ですが、いのちが粗末にされ、高齢者が片隅に追いやられる今こそ、ヒポクラテスが蘇るべきだと、かなり興奮気味でありますが、思うのであります。
※耳鼻科50音辞典のリンクは、ページ下部、プロフィール欄にあります。
私と 耳鼻科50音辞典
- “やってみようかな・・・相談員として”が、きっかけとなって
- “誰もが解り、決して間違わないように”を肝に命じて
- “やってみなければわからない”精神で、ホームページを開設
- 2008年5月末で、アクセス数が300万件を突破
- 精一杯若葉を出し、木陰で人々が休める「樹」のように
“やってみようかな・・・相談員として”が、きっかけとなって
私がパソコン通信なるものを始めたのは、1993年の秋のことでした。まだ一般的にインターネットという言葉すら知られていない時代で、その頃、妊娠をしていた私は、大きなおなかをかかえて一生懸命に仕事をしながら、慣れないキーボードを触っていたのでした。そして、多くの人と出会い、メールを交換し、ニフティ内の「フォーラム」と呼ばれるところで交流を続けていました。
1994年、末っ子が誕生しました、1月のことです。当時、その「フォーラム」の中に、ニフティの会員が自由に自分の健康や病気のことを相談し、それを医療関係者が答えたりアドバイスする「医療健康相談」というコーナーがありました。耳鼻咽喉科の相談も、一日にひとつくらいはある様子です。
“やってみようかな・・・相談員として”、それが「耳鼻科50音辞典」が生まれる、まずは第一のきっかけでした。出産から仕事に復帰するまでの2ヶ月間だけの、一時的な医療相談員としてのお手伝い──そのくらいの気持ちで始めたことでした。しかし次第に、それが多くの方々にとってとても役立つものになるということを知ることとなったのです。
“誰もが解り、決して間違わないように”を肝に命じて
医療相談をする側は一生懸命です。一方、相談されるこちら側は、する側と1対1の関係ではありません、多くの方々がパソコン通信を通してその回答文を読んでいます。もちろん医療関係者もです。ということは、下手に、なまじっかな知識では到底回答を書くことはできないし、かといって、専門用語の羅列では相談する側がよくわからない・・・これでは本末転倒です。だから、ひとつの回答に2時間かけて本を調べることすらありました。
それから6年~7年の間、私はそこで毎日毎日、仕事の合間に「あーやしゃん」というハンドルネーム(あだ名)で回答してきました、正確かつ解りやすく。誰もが解り、決して間違わないようにというこの経験は、医師としての私にも、大きな力となりました。
“やってみなければわからない”精神で、ホームページを開設
やがて時代は、「パソコン通信からインターネットへ」と変わりはじめようとしていました。私はその流れを察し“回答した膨大な記録をどうすればいいだろう・・・”と悩み始めていました。ある日、「それならいっそのこと、ホームページを開設してまとめてみたら」というアドバイスを受けたのです、それが「耳鼻科50音辞典」が生まれる第二のきっかけでした。
しかし実際には、私の回りにはホームページやインターネットなど解らない人ばかり。一体どうしたものやら・・・と、また新たな悩みが。しかし、“やってみなければわからない”精神で、早速新しいパソコンにホームページ作成用ソフトを入れました。2000年のことです。こうして、2000年2月、まずはこれまで回答してきた膨大なテキストファイルの整理から作業がスタートしました。4月になって、ホームページ作成用ソフトを実際にいじり始めました。が、難しい・・・しかし、回りの人は誰もわかりません。だから、ただ本を読むのみ、ニフティの指示に従うのみ、作成ソフトの解説文を熟読するのみです。それでも思い切って、2000年4月6日にアップロード!「耳鼻科50音辞典」の始まりでした。
その後、部位別索引、症状別索引、行別索引などを作り、質問形式のページも作り、用語用語をリンクさせていきました──網の目のように、推敲しながら。こうして、一日数時間、仕事が終わってから作業にかかる毎日を重ね、4月末にはアクセスカウンターをつけました。
2008年5月末で、アクセス数が300万件を突破
はじめ400個くらいだった耳鼻咽喉科等の医学用語でしたが、まとめていくうちにいつの間にか800個以上となりました。検索エンジンにも載り始め、200件ほどのアクセス数へ。やがてそれがいつの間にか一日1,000件近くとなりました。これが一年後には10万件近くとなり、とうとう夢のような100万件のアクセスが、2003年10月31日未明に達成されたのです。そして200万件目が2005年の9月28日、300万件目が2008年5月末。GoogleやYahoo!などの検索でも、耳鼻科と入れれば、「耳鼻科50音辞典」がトップに来るまでとなりました。これも本当に皆さまのおかげです。
精一杯若葉を出し、木陰で人々が休める「樹」のように
私は趣味の多い人間で、ホームページ内では、エッセイ集、スポーツリザルト集だけに留まらず、今度はブログを作り始めました。それが「あーやしゃんの家事アルバム」です。そしてこのブログが、「耳鼻科50音辞典」を紹介してくださるきっかけともなったのでした。
末っ子は、今、15歳の中学3年生。私がパソコンを始めたのもこの子がおなかにいる頃でした。私は早くに結婚して早くに子どもが出来ました。医師になり、妻になり、母になり、現在、25年~26年目、長女も社会人4年生です。私は、これからもまじめに、不器用だけど一生懸命生きていきたい、決して器用ではないけれど渾身の力をこめて生きていきたいと思います。無骨な樹のように、根を張り、精一杯若葉を出しながら。そして木陰でたくさんの人が休める、そういう樹のような人間になりたいです。
耳鼻咽喉科医師。「耳鼻科50音辞典」は、病気や用語を耳鼻科中心に、解りやすく、詳しくがモットー。幼児、感染症、検査など900前後の項目や用語も詳しく解説。
あーやしゃんの家事アルバム(http://a-yasyan.cocolog-nifty.com/blog/)も付けています。こちらもおもしろい!






2008/7/31(木)07:18
ありがとうございます。その真珠貝の中の異物は真珠貝にとっては本当に痛い、傷なのです。それを真珠貝は覆い、受け入れ、そして真珠に変えていくのですね。
渡辺先生のは全巻もっています。
2008/7/31(木)00:10
本当に、こんな人がいたんだ!
私にとってまさに「あーやしゃん」のことでした
「耳鼻科50音辞典」にある自己紹介文の「マザーテレサのお言葉」
読んでびっくりしました。
私が、心を失い、最悪の状態であったときに読み、心を取り戻す事のできた本
渡辺和子氏の本を読まれていたとは!
著書のなかに
「一番好きな宝石は真珠です。
真珠は、体内に入ってきた異物を受け容れて、
自分の体内で値高い真珠に変えていく
心のプロセスにも似ている。」
と書かれていました。
私の名前には「珠」という文字があります。
どうしようもない自分の醜い部分を全部受け容れ、
いつかは宝にしていこうと、この名前をいただけていたことに感謝しました。
設計事務所を開設したときにも、迷わず「珠」と付けさせていただきました。
自分の心のプロセスもそうですし、
家づくりもそうだと感じたし、そうであってほしいとの願いを込めて。
あーやしゃんの文章。今後、しっかり、じっくり読みたいと思います。